NHK『風、薫る』「いい人でなければ死んでもいいのですか?」の問いに反響。バーンズ好演のエマ・ハワードとは何者か
見上愛、上坂樹里がW主演を務める連続テレビ小説『風、薫る』。田中ひかる著『明治のナイチンゲール 大関和物語』(中央公論新社、2023年)を原案としたオリジナル作品で、激動の明治、看護の世界に飛び込んだ二人の“トレインドナース”を描く本作。
「登場してから俄然面白くなった」と言われるのが、看護婦養成所にあらわれたスコットランド出身の教師・マーガレット・バーンズ(エマ・ハワード)だ。
【画像】尋常ではないバーンズ先生
登場から尋常ではなかった
登場の瞬間から、バーンズは尋常ではなかった。生徒の前に立つなりネイティブの英語でまくし立て、誰の紹介も受けないまま一人ひとりの名前と顔を言い当ててみせる。種明かしはない。だが、入学後の宿題「What is nursing?(看護とは何か)」の答えが「observe(観察)」だったことを思えば、答えは知れる。観察によって、彼女はすでに生徒たちを“見て”いたのだ。
日本語がわからないフリで説明を省き、ベッドメイキングや掃除を繰り返しダメ出しする――その理不尽の一つひとつが、生徒自身に「なぜ」を考えさせる仕掛けだった。手取り足取り教えるのではなく、観察する目を育てる。
実習編に入ると、その“フリ”は別の意味を帯びる。帝都医科大学附属病院では、医師たちは看護婦見習いを「看病婦」と一段下に呼び、何か問題が起きれば看護婦のせいにしようとする。バーンズが日本語をあまり話せないフリを通すのも、そのほうが都合がいいからだ。言葉が通じないことを盾に理不尽な指図をかわし、見習いが矢面に立たされそうになれば、その前にすっと立つ。
乳がんで入院した和泉侯爵夫人・千佳子(仲間由紀恵)の担当にりん(見上愛)が指名されたときも、反対した。難しい患者を見習いに押しつけ、何かあれば責めを負わせる算段を、見抜いていたからだ。こうしてバーンズは、生徒たちを守る防護壁になっていく。
その一方で、当のりんが「やりたい」と申し出て、直美(上坂樹里)がそれを後押しすると、バーンズは引き下がり、信じて任せる。守るべきは守り、託すべきは託す。事実、りんはやがて、固く心を閉ざしていた千佳子の信頼を勝ち取っていく。厳しくもあたたかい「師」の顔が、ここにある。
容赦なく突きつけた「いい人でなければ死んでもいいのですか?」
それが最も鮮やかに表れたのが、今週(第10週)の展開だ。ゆき(中井友望)とトメ(原嶋凛)が担当する患者・小野田(宮地雅子)が危篤に陥る。意識が混濁したまま目を覚ました小野田は、遠方の娘の名を呼ぶ。トメはとっさに娘のフリで応じ、「どちら様で?」と問われたゆきは娘の友人のフリをする。その夜、ゆきは寝ずに看病し、翌朝、小野田は「ゆきさん、娘を……」と言い残して息を引き取った。
ゆきはその後、食事ものどを通らなくなり、3日間、実習を休んで床に伏せる。そこへ現れたバーンズは、声をかけるなり乱暴に布団をはぎ、ほかの生徒に告げる。「今からここで授業をします」。休んでいる理由を問われたゆきは「耐えられないからです。小野田さんがいなくなったことが」と答える。だがバーンズは退かない。「いなくなったのではありません。心臓の病で亡くなったのです」。ここに来たときには、もう助からないとわかっていたはずだ、と。
涙ながらにゆきは打ち明ける。いつ亡くなるかわからない人を看護するのが怖かったこと、小野田がいい人で、会うたびに好きになってしまったこと。そして、看護は人を助けるだけでなく見送る仕事でもあり、何もできずに見送るほうが多いと実習で思い知った、と。バーンズが返した「いい人でなければ死んでもいいのですか?」の一言は、看護という仕事の前提を容赦なく突きつける。
バーンズは、同じく小野田を担当したトメに水を向け、あえて英語に切り替える。「トメはおもてに出さないだけで、つらくないわけではありません。耐えることと、つらいと思うこと。この二つは別の話です」。
促されたトメが口を開く。一番上の兄を労咳で亡くしたこと。皆で懸命に看病したのに助けられず、「悔しくて悔しくて、敵をとってやろうと思って」看護婦を目指したこと。かつて医師を志した多江(生田絵梨花)は、それを聞いて「志が違う」と見下したことを悔いる。だが当のトメは笑う。「敵討ちは志高くもねえ、病気さ、逆恨みだ」と。志の高さで人を測った多江を、トメの言葉が軽々と越えていく。
そのうえでバーンズは、ゆきに向き直る。「看護の人は、いえ、医療の仕事に就く人は、人を助けたいと願い、勉強や訓練を重ねるのに、これから先、助けられない瞬間はもっと訪れます」。そして、この実習で生まれた課題に、あなたなりの答えを出してほしい、と。突き放すでも慰めるでもなく、問いをゆき自身の手に返したのだ。
“辞める”生徒を引き止めない
ところが、である。特別授業を終え、ゆきは実習に復帰する――と思いきや、校長への挨拶を済ませて出てきた彼女は、看護婦になるのをやめると告げる。「覚悟が決まったのかと思った」と言われ、ゆきは静かに返す。「私は、看護婦にならないという覚悟を決めました」。自分は人の生き死にに関わる仕事ができる人間ではない。「私自身のため、何より患者さんのため、看護婦にならないのが誠実だと」。そう言い残して去っていく。バーンズが手渡した問いに、ゆきは“辞める”と答えたのだ。
バーンズは、引き止めない。生徒の上に立っていた彼女は、いつしか傍らに降りていた。同じ場所に立ち、同じ方向を見て、同じ道を歩む――「師」の顔は、「志」を分かち合う同志の顔へと変わっている。自らの意思で道を選び直したゆきを否定せず、ただ、その背を優しく抱きしめる。続けることだけが正解ではない。辞める決断を誠実に選び取った人間がいる、と認める強さが、このハグには宿っている。
看護は、技術を身につけても、高い志があっても、患者に寄り添う気持ちがどれほど強くとも、ふと挫けてしまう厳しい道だ。だからこそ、優しい心と、折れない強い心と、仕事としての冷静さの3つが要る。観察する目を持ち、それらを兼ね備えた人物として、バーンズは描かれる。登場でこのドラマが俄然面白くなったのは、彼女が“看護とは何か”を立ち姿で体現しているからだろう。
エマ・ハワードとは、何者か?
登場の一瞬でこれだけを伝えるエマ・ハワードとは、何者か。イギリス・ロンドンの出身で、名門マウントビュー演劇学校に学び、チチェスター・フェスティバル劇場で開幕したライオネル・バートのミュージカルで主演に抜擢された実力派だ。
ウエスト・エンドやエディンバラ・フェスティバルの舞台を経て、現在は日本を拠点に活動する。NHK『しごとの基礎英語』やNHKワールド『Japanology Plus』のメインナレーター、NHK『英語であそぼ』への出演でも知られ、映画『ジャッジ!』(サラ役、2014年)、『ハゲタカ』(アンナ役、09年)、NHKドラマ『龍馬伝』『負けて、勝つ〜戦後を創った男・吉田茂〜』、フジテレビ系ドラマ『不毛地帯』、日本テレビ系『24時間テレビ48』内のスペシャルドラマ『トットの欠落青春記』(英語教師役)などに出演してきた。言葉の手前にある“佇まい”で、その人物の職業や矜持までを語ってみせるーーバーンズに、これ以上ふさわしい俳優はいない。
バーンズのモチーフは、日本で最初に看護婦を育てたスコットランド出身の看護教師、アグネス・ヴェッチ(1842年〜1942年)だとされる。「病棟を家庭のようにする技術をもっている」と評され、その思想を日本に持ち込んだヴェッチの姿は、そのままバーンズに重なる。
「道をはずれた人から、いつも道は生まれた。」ーー本作のキャッチコピーが指す“新しい道”を、りんや直美の半歩先で歩き、ときに守り、ときに突き放す。その背中が、二人の道しるべになっている。
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